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2006年5月16日 (火)

半島最後の朱鷺

60516b1 情報部員4号の有田さんから半島最後のトキの情報です。今、兵庫県豊岡市のコウノトリの郷では、5月1日に新たな野生のコウノトリが飛来して行方不明、と話題となっているようですね。本日の情報にようると、その個体と思われるコウノトリは今、愛媛県西予市周辺にいるとのこと。

有田さんは以前にも韓国トキ情報を寄せてくれています。

-----------------以下、情報部員4号より

朝鮮半島に朱鷺の生存が確認されたのは、確か1970年代半ばごろだったと記憶しています。国際ツル財団のアーチホルド博士が非武装地帯(板門店)一帯でツルの調査をしていたら、朱鷺4羽を発見。

捕獲して欧州のナントカ王立動物園に送り繁殖させるという話が持ちあがりました(その時点で、すぐ近くの佐渡に運ぶ、という話はまったく出なかったそうです。当時の佐渡の施設をばかにしていたのか、欧米人特有のおごりなのかはわかりません)。

翌年、捕獲を試みた際には4羽が2羽に減り、更には1羽になり、しかも捕獲に失敗。そうこうしているうちに、朝鮮半島では朱鷺は見られなくなってしまったそうです。
1979年3月14日付けの中央日報の記事を添付します。
「朱鷺、韓国に1羽だけ」「世界で最も貴重な鳥、東北アジアで8羽のみ」と見出しが出ています。この時点では、まだ中国の朱鷺は発見されていませんので、残り7羽は佐渡のものです。

半島の朱鷺は留鳥ではなく、満州や沿海州あたりで繁殖する固体が冬季のみ半島まで渡りをしていたと想定されています。この最後の朱鷺の写真は、新聞記事掲載日に近い3月中に撮影されたものと推測されます。日本では3月に入ると朱鷺は徐々に繁殖羽に変わり始め、営巣準備に入るタイミングですね。でも写真の朱鷺はまだ真っ白です。
恐らく、ナベヅルやマナヅルなどと同じく、半島からの北帰行は3月下旬、繁殖地での営巣は日本よりやや遅い5月中旬過ぎだったのかもしれませんね。

日本の能登や隠岐、佐渡に朱鷺が最後まで残ったのは、渡りをしない個体群だったから、とどこかで読みました。中国の洋県に朱鷺が残ったのも、大きな渡りをしないからでしょう。岩手県や秋田県の鳥追い歌には、春になると南からダオが沢山飛んできて、稲を踏み荒らすというような内容が歌われているそうです。恐らく、関東以南で越冬した朱鷺が春先に東北や北海道に渡り、繁殖したのでしょう。渡りをするとそれだけ狩猟者や天敵の餌食になりやすく、リスクが高まります。日本に多くいた朱鷺も、渡りをするものと、一年を通じて同じ場所にいるものとが混在していたのでしょう。

コウノトリも同じように渡りチームと定住チームがいたと考えられます。
こちらは朱鷺とは逆に、定住チームは農薬漬けになり餓死して行った一方で、渡りチームは細々と生き残り、今でも大陸から数羽だけ飛来する、というのが実情だと思われます。

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